ここでは世田谷区にある歴史・文化的建物のある公園を紹介しようと思います。
世田谷の農村風景の典型的なイメージと昔ながらの小川を復元したのが次大夫堀公園。
公園名は小泉次大夫が昔この地域の用水を確保するために作った堀の名にちなんでつけられました。
面積は約34000平方メートルで650メートルの水路を有し、その水路に沿って、
当時の古民家や水田(1400平方メートル)が配置されています。
水路や池には、コサギがきてドジョウをついばんだり、子どもたちがザリガニとりや魚とりに夢中になっています。
その他コイ・メダカ・アメンボもたくさん生息しています。
また水田では、毎年稲作が行われ、
近所の保育園や小学生達による「田植え(5月末)」や「稲刈り(10月初旬)」が
東京中央農協の協力のもと行われています。
また、玉堤通りをトンネルで横断できるようになっており、
パズルトンネル(卵から鳥が生まれてくるパズルです)と呼ばれています。
広場内には三田家住宅主屋・長屋門・土蔵があります。
三田家は、代々深沢の地に居住してきた旧家で、先代の故・弥兵衛氏で16代を数えます。
屋根は寄棟造草葺きで、小屋裏に屋根裏部屋を設けており、かつてはここで盛んに養蚕が行われていました。
門は、農家に建てられた長屋門としては現在世田谷に唯一建っているものです。
土蔵は以前、穀倉として使われていました。屋敷周りの環境とともに、
主屋・長屋門・土蔵の3つがそろい、江戸時代の農家の形式を感じることができます。
国分寺崖線沿いの豊かな自然のなかに点在した瀟洒(しょうしゃ)な近代建築は、
世田谷の近代建築のなかでも独特な景観を造り上げてきました。
残念ながら別邸として現存するものは、
瀬田四丁目広場として公開している旧小坂家住宅の1棟のみとなってしまいましたが、
今もなおこの周辺がみどりの多い良好な住宅地として位置づけられているのは、
このような歴史的景観を持つ屋敷構えが、その基盤として存在するからでしょう。
旧小坂邸も崖線上の縁辺部にあり、敷地の約半分は斜面地となっています。
邸内は、かつて別邸として使われていた当時の姿をよく残しており、
自然と建物が一体となった緑地空間が広がっています。